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自然のリズムで、人は育つ 芽吹きを“待つ”木々のように

自然のリズムで、人は育つ 芽吹きを“待つ”木々のように

#インタビュー

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去年新卒で入社し、循環・教育の2つの部門に所属する西村さん。

循環の現場では土や植物と向き合い、教育の現場では子どもたちと関わる。そんな毎日を通して、自然にも人の育ちにも、同じまなざしで向き合っている。

素直さの奥に静かな熱を秘め、まっすぐ語られる言葉の端々から、彼女の誠実さが伝わってくる。

「高校の時、すごく厳しい部活に所属していて、『主体性がない』と言われ続けたんです。」

その言葉が、当時の彼女に重くのしかかったまま3年間を過ごした。そして同時にひとつの違和感を心に残したという。

「教育は主体性を育てるもののはずなのに、むしろ奪っているのでは?」

その問いが、彼女を教育学部へと向かわせた。最初は教師になることを目指していたが、学びを深めるうちに、別の疑問が浮かんできたという。

「日本の子どもは、自己肯定感が低いって本当?」

その答えを探すために、海外へ。最初の行き先はスイス。

1ヶ月間のボランティアで出会ったのは、指示がなくても自分の好きなことを選び、不安そうな様子もなく、のびのびと過ごす子どもたちだった。

「これが、私のなりたかった姿だ。」

そう確信して帰国した彼女は、ルールも禁止事項も設けないプレーパークを立ち上げた。
“自由に遊ぶ”という、人間にとってもっとも主体的な行動が、彼女自身の生き方をも大きく動かしていった。

やがてそこには、不登校の子どもたちが自然と集まるようになる。
時間割のない日々を自分で決め、急がず、比べず、自分のペースで生きる。その姿は、彼女にとって何よりも“かっこいい”と思えるものだったという。

プレーパークでの活動を重ねるうちに、
彼女の関心は次第に教育から、遊びへ大きく舵を切っていった。

いつか自分でも学校をつくりたいという構想を描き始め、いろいろなフリースクールを訪ね歩くために大学院を休学し、2年間の旅に出ることを決めた。

日本一周と、海外の教育現場を巡る旅。全国の学校を訪れ、ときにはヒッチハイクをしながら、人と場に出会っていった。
当初は、自分のフリースクールづくりの参考にするつもりだったが、旅を重ねるほどに、彼女の視点は少しずつ変わっていったという。

「教材よりも、大人そのものが、子どもの学びに影響しているんだ。」どんな大人が、どんな表情で、どんな姿勢で子どもの前に立っているのか。
自然の近くに暮らしている大人ほど、子どもを急かさず、待ち、本質的な声かけをしていることに気がついた。

そんな姿に惹かれ、2年目は自然農家や自然と共に暮らす人々を訪ねる旅へとシフトした。そんな中、出会ったのがKURKKU FIELDSだった。

実はプレオープン時に一度家族で訪れていたが、その時はまだ整っておらず、ただ広いだけの場所だという印象で帰ったという。

しかし、循環の仕組みを解説しながら場内を巡るモニターツアーで案内されたのは、牛糞堆肥から湯気が立ち上り、ミミズコンポストが動き、バイオジオフィルターが静かに水を浄化する姿。

「あの頃未完成だった循環が、5年経って本当にサイクルになってる!と胸が震えるほど感動しました。」

自然の育ちを知らずに、人の育ちだけを語るのは違うのかもしれない。自然の理(ことわり)を知ることが、人の育ちの“芯”に触れることにつながるのではないか。

そんな想いが入社を決定づけた。

いま彼女は、循環・教育の両方を担っている。

循環の現場ではまず、土や植物と向き合うことから一日が始まる。草刈り、木の剪定、果樹やエディブルガーデンの管理まで幅広い。
季節の変化や土の匂い、枝の伸び方や虫の気配に耳を澄ましながら、自然のリズムに自分の身体を合わせていく。

週末には、その日々の営みそのものを体験としてひらき、訪れた人と分かち合う。校外学習の受け入れ、新規の教育プログラムづくり、小学校との畑プロジェクトなども担当する。

「循環はとにかく楽しい。この半年だけで、植物や虫のことをたくさん学びました。」

育つのを待つ時間がとても豊かで、自分が切った枝がどう伸びていくのか、野菜がどんな姿に育つのか。その一つひとつが、発見の連続だという。

そして、その待つ時間や変化を見守る感覚が、自然と教育の現場へと流れ込んでいく。

「自然のルールを理解できるようになったからこそ、どんな体験を子どもに届けたいのか、どんな気づきを持ち帰ってほしいのかを、自分の言葉で語れるようになってきました。」

自然がどう育ち、どう変化していくのかを知ってから、人の育ちを考える。
自然の理(ことわり)を身体で知ったうえで向き合うほうが、もっと心をつく教育になるのではないか。土と向き合う時間が、そのまま子どもと向き合う姿勢をつくる。
自然の育ちを受け取ることが、人の育ちを信じる力になっているのだろう。

西村さんは自分に課しているテーマが2つあるという。

一つは、【人の育ちと自然の育ちは、どれほど似ているのか?】
そして、【なぜ自然の中にいる人はこんなにも本質的でいられるのか?】

後者については、少しずつ答えが見え始めているという。

「私の仕事って“待つこと”なんだって気づいたんです。現代は“待てる人”が減っているけど、待つことこそ、自然や人と向き合う大事な行為だと思います。」

植物も野菜も、自分ができることの9割は待つこと。肥料をあげ、日々様子を見るけれど、育つのはそのもの自身の力だ。

“すぐ変わってほしい”、“すぐ治ってほしい”と、大人が子どもに過剰に関わることへの違和感。自然の中で働く人たちが魅力的なのは、待つことが身体に染み付いているからだ、と気づいた。

「主体性って、ただ自分から動くことじゃないのかもしれない。
待つという受け身の姿勢にも、主体性があるんじゃないかって考えてます。」

急がせないこと。信じて任せること。
手を出しすぎず、見守ること。

高校生の頃に抱いた問いは、いま、土と植物の前で、ようやく別のかたちの答えに出会い始めている。

彼女が揺さぶりたいのは、教育という枠組み以上に、
成果を急ぎ、正しさで整えようとする私たちの態度そのものなのかもしれない。

分かっているように見えなくても、整っていないように見えても、
その内側では確かに何かが育っている。

学びや教育という言葉を超えて、“共に生きる感覚”をひらく営みでもある。
子どもに対しても、大人に対しても、焦らず、決めつけず、その人自身のリズムを信じる場でありたい。

大人が求める目に見える成果ではなく、子どもが自然体でいられる学びの場。
焦らず、求めすぎず、子どもが“分かっていないように見えても学んでいる”という事実を尊重する校外学習。

KURKKU FIELDSだからこそできる挑戦を、少しずつ形にしている。

そして循環の現場では、もっと“共につくる”関係を育てたいという。

完成したものを見せるだけではなく、
お客さんと一緒に土を触り、仕組みを作り、料理をつくり出すような体験へ。

教える人と教えられる人、つくる人と見る人。
そんな境界を越えて、この社会を一緒につくっていく仲間として肩を並べられる場所でありたい。自然の前で学んだ“待つこと”は、人との関係へ、場の在り方へ、
そして生き方そのものへと、静かに広がっている。

※求人の詳細はこちらをご覧ください。

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KURKKU FIELDS MAGAZINE 編集部
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