イタリアの野草文化に学ぶ、食と暮らし
UPDATE 2026.05.31
4月27日、KURKKU FIELDSにて、イタリア在住の野草研究家・林由紀子さんをお招きし、「イタリアの野草文化に学ぶ、自然とつながる豊かな暮らし」をテーマに、食と暮らしを見つめ直すきっかけをつくるスタッフ向けのイベントを開催しました。
今回のイベントは、スタッフのひとりである中村が、かつてイタリアに滞在していた際に出会った林さんとのご縁がきっかけとなって生まれたものです。
日々同じ場所で働いていると、今自分たちが行っていることが“当たり前”になっていく感覚があります。だからこそ、時には異なる文化や価値観に触れ、日々の営みに新たな視点を取り入れたい——そんな思いから、今回の社内勉強会が企画されました。
中村が以前イタリアに暮らしていた当時、現地で目の当たりにしたのは、アグリツーリズムやアルベルゴ・ディフーゾなど、地域の文化、そして農と暮らしが美しく結びついたライフスタイルでした。
自然とともにある暮らし、土地に根差した食文化、人と人との営み。イタリアで見た風景には、私たちがここKURKKU FIELDSで日々向き合っている活動と重なるものが数多くあったと言います。
その暮らしの中で彼女が出会い、現地の豊かな野草文化を教えてくれたのが、今回講師としてお越しいただいた林さんです。

イタリア・マルケ州で暮らす野草研究家
林由紀子さんについて
現在イタリア・マルケ州に在住する林さんは、1999年に陶芸や美術を学ぶためイタリアへ渡りました。
美術学校で学び長く現地に暮らす中、美術館で出会った「薬壺」が、林さんの人生を大きく変えたといいます。
干した薬草を入れるためだけに作られたとは思えないほど美しく、丁寧につくられた器。その背景には、植物や薬草と深く結びついた文化があるのではないか——。
その興味から、ハーブや薬草、野草についての研究を始め、現在はイタリアの野草文化や植物民俗学を探究されています。
また林さんは、イタリアでは芸術と食、工芸、音楽、建築といった領域が分断されず、ゆるやかにつながっていることも大きな魅力だと語ります。
食もまた文化であり、暮らしそのもの。さまざまな表現が互いに刺激し合いながら、ひとつの大きな文化を形成している——そんなイタリアの在り方は、KURKKU FIELDSの思想ともどこか重なります。
KURKKU FIELDSの野草を使ったパスタづくり
イベント前半では、林さんの指導のもと、実際に野草を使った料理づくりを行いました。
今回使用した野草は、すべてKURKKU FIELDSの敷地内で採取したもの。
アカザ、シロザ、マロー、オニノゲシ、ワレモコウなど、普段は何気なく見過ごしてしまう植物たちが、料理の素材として生まれ変わっていきます。

帽子のような形をしたパスタ「カッペレッティ」は、生地を薄く伸ばし、一つひとつ手作業で包んでいきます。
なんと今回は、パスタマシンを使わず、林さんがイタリアから持参した長い棒を使って、生地を手打ちで仕上げました。
「あるもので工夫して作る」
そんなイタリアの家庭料理の考え方に触れながら、参加者たちも自然と会話を交わし、和やかな空気の中で料理づくりが進みました。


命をつなぐ知恵としての野草文化
後半では、「イタリアの食文化と野草料理の植物民族学的なつながりを探る」と題してスライドを交えながら、イタリアにおける野草文化の歴史や背景についてお話しいただきました。
林さんはまず、「野草・薬草・雑草に、本来境界線はない」という視点から話を始めます。
植物そのものに違いがあるのではなく、人間にとって有用かどうかによって呼び方が変わっているだけ。
それは「発酵」と「腐敗」が本質的には同じ現象でありながら、人間にとって利益があるかどうかで呼び名が変わることにも似ています。
そして、講演の中でも特に印象的だったのは、イタリアにおける野草料理が単なる郷土料理ではなく、「生きるための知恵」として受け継がれてきたというお話です。
中世ヨーロッパでは、薬草や植物の知識は修道院で継承されていました。
修道士たちは、巡礼者の治療や食事の世話をする中で、庭に薬草や作物を育て、それらを料理や治療、時には顔料や錬金術にも活用していたそうです。
当時、医学は単に薬を摂取することではなく、信仰や精神、身体すべてを含めた治療として捉えられていました。

やがてその知恵は農家の食卓へと受け継がれていきます。
一年中野菜が収穫できるわけではない時代、冬野菜と春野菜の間には食の空白期間があり、そのとき人々の暮らしを支えていたのが野草でした。
春先に芽吹く柔らかな野草を摘み、混ぜ合わせ、パスタやスープ、詰め物にして食べる。
栗の粉やそら豆の粉を混ぜて、当時貴重だった小麦粉をかさ増しする。
飢饉の際には、どんぐりなどの木の実まで粉にしてパンやパスタに変えていた。
そうした工夫の一つひとつは、決して特別な料理ではなく、家族が冬を越え、生き延びるための暮らしの知恵でした。
秋から少しずつ大切に食べ続けた豆と、春に採れた新しい豆を一緒に煮込み、冬を越えられたことを喜び合う料理もあったといいます。
林さんは、
「ただ葉っぱを食べているのではなく、その背景にある歴史や記憶、感謝やリスペクトも一緒に受け継いでいくことが大切」
と話してくださいました。

みんなで野草料理を試食
講演後は、実際にみんなで料理を試食しました。
今回いただいたのは、
水牛のリコッタと野草のカッペレッティ(包みパスタ)
そら豆の粉を混ぜた平打ちパスタ
さまざまな野草を使ったサラダ
の3品。
リコッタチーズを合わせたカッペレッティは目にも鮮やかな美しい緑色の生地。野草特有の風味をやさしく包み込み、言われなければ野草料理とは気づかないほど、まろやかで奥行きのある味わいでした。
また、ミツバ、フェンネル、ミント、セイヨウノコギリソウなどがふんだんに使われたサラダは、一口ごとに異なる香りと心地よい苦味が重なり合います。その豊かな味わいに、参加したスタッフからは「口の中がパーティーみたい」、そんな歓声が上がるほど、驚きと楽しさに満ちた試食会となりました。


林さんによると、「本当においしいものだけが時代を超えて残っていく」のだそうです。
野草料理が今も各地で受け継がれていること自体が、そのおいしさの証なのかもしれません。
食と暮らしを、もう一度見つめ直す時間に
今回のイベントを通して見えてきたのは、野草料理そのものだけではありませんでした。
「食べる」という行為の背景には、土地の記憶や季節、暮らしの工夫、そして命をつないできた人々の知恵があります。
食べ物は買うものではなく、本来は育てたり、採取したりしながら、今あるものを工夫していただくもの。
そんな感覚を、改めて見つめ直す時間となりました。
イタリアで受け継がれてきた野草文化の知恵は、遠い異国の話ではなく、私たちの日々の暮らしにも静かにつながっているように感じます。

